「児童相談所の労働環境を改善したいと思い、提訴した。そして・・・。」(世田谷区社会福祉士会・2025年11月18日勉強会レジュメ)
1 本日一緒に考えたいこと
- 児童相談所をはじめとした児童福祉の現場が、こどもと職員の双方にとって「安全・安心の場」になるためには、どんな条件や工夫が必要だと思いますか?
- こどもと関わる現場の人たちが、健康的に働き続けられるようにするためには、どのような環境や仕組みが必要だと思いますか?自分だったらどのようなものがほしいですか?
- いわゆるソーシャルアクションに伴う負担や犠牲を、どのように減らし、支え合い、分かち合っていけると思いますか?自分だったらどう支えてほしいと思いますか?
- 今日の話を踏まえて、もしあなたが飯島の立場だったら、どんな生き方・働き方を選びたいと思いますか?
2 自己紹介
2−1 概略
1993年生まれ(32歳)。千葉県柏市出身。大学2年生のとき、世田谷区のボランティアに関わったことをきっかけに、児童福祉の世界に関わり始める。大学院へ進学し、こどもの電話相談ボランティアの修士論文を執筆し、2019年4月に千葉県庁に児童指導員(主に児童相談所の一時保護所配属する職種)として入庁。入庁後4ヶ月後に重度のうつ病を理由に休職し、2021年11月末に退職。現在はフリーライターとして、こどもや福祉に関する記事執筆や調査研究などに関わっている。拙著に『図解ポケット ヤングケアラーがよくわかる本』(2023年・秀和システム)がある。

→飯島のポートフォリオや、裁判に関する記事をまとめています。

→公共訴訟のクラウドファンディングCALL4さんのケースページ。支援だけでなく、特集記事やマンガ掲載、支援者の声や訴訟資料なども掲載。
2−2 児童相談所職員を志すきっかけ-こどもの電話相談ボランティアの経験
大学2年生から関わり始めた子どもの電話相談のボランティアは、大学院の修士修了まで6年間以上関わることになりました。大学院では、そのボランティアの電話相談員の方を研究するために進学し、その結果を修士論文「孤独な電話相談員の支え合いとジレンマー子ども電話相談ボランティア団体Xへの参与観察調査を通じて」にまとめました。
2024年9月版陳述書案より抜粋、提出版では削除
電話相談で子どもたちはいろんなことを話してくれました。(略)子どもたちはアドバイスや助言など必要なく、自分で話すなかで力を回復させていくようでした。子どもたちは話すことで自分で頭を整理するなかで、力を自分で湧かせることができる力がありました。ずっと悩みを話していた子が突然「あ、じゃあ明日はこうすればいいんだ!じゃあね!」と電話が切れることも何度もありました。私はポカンという感じで、なにか置いてかれていくような感覚でしたが、でもそんな子どもたちの声をきくことが、無性に好きでした。
と同時に、子どもに関わる電話相談のボランティア自身が、燃え尽きたり、傷ついたり、やめていく現実も目の当たりにしました。ボランティア自身が人が足りなかったり、孤独であったり、ボランティア同士がケアし合ったり、支え合わなければ、子どもたちの相談を受け続けることが難しくなることが、修士論文を通じてよくわかりました。
いつしかそこで出会った方々のように、子どもに関わり、話をきいて、支えになれるような仕事をしたいと思うようになり、児童の相談を受ける場所である児童相談所への、地元の千葉県で就職したいと思うようになり、内定をもらうことになりました。
2022年10月12日「第1回期日 原告意見陳述」より引用
3 児童相談所・一時保護所とその課題
3−1 一時保護所について
一時保護は、こどもの安全の迅速な確保、適切な保護を行い、こどもの心身の状況、置かれている環境などの状況を把握するために行うものであり、虐待を受けたこどもや非行のこども、養護を必要とするこども等の最善の利益を守るために行われるものである。
こども家庭庁「一時保護ガイドライン」より引用
私が配属されたのは、児童相談所に附設する一時保護所でした。一時保護された子どもたちは、安全が確保できるまで約1ヶ月ここで暮らします。知らない場所で、知らない大人とはじめて出会う子どもたちは、とても動揺しています。家庭で受けた傷がフラッシュバックして、この場所でも自分は傷つけられるのではないかと、心配する子どもたちも少なくありません。だからこそ、一時保護所は安全で安心であることを大切にしています。誰からも傷つけられることなく、日々平穏に暮らすことで、子どもたちの傷が癒えていく場所が一時保護所です。
2025年10月9日 原告意見陳述書より引用
→児童養護施設出身の3名が運営しているYoutubeチャンネル「THREE FLAGS-希望の狼煙-」での一時保護所の特集。西坂來人さんは映画監督・映像作家でもあるので、とてもわかりやすく解説されている。
3−2 一時保護所の課題(報告では簡単に触れるのみ)
しかしながら、こどもの安全確保のみならず、権利擁護も図られる必要があることに加え、こどもの安全確保に重きが置かれ、こども一人一人の状態に合わせた個別的な対応が十分できていないことがあることや、ケアに関する自治体間格差、学校への通学ができないことが多いなど学習権保障の観点からの問題、一時保護期間の長期化などの問題が指摘
こども家庭庁「一時保護ガイドライン」より引用






もちろんすべての一時保護所がこのような状況に置かれているわけではない。しかし、一時保護所の一カ所でもこのような出来事が起きているとすれば、こどもたちからするととても不安に思うはず。そして本来守るべきはずの児童相談所の中でさらに心の傷を負ってしまえば、こどもたちは社会それ自体を信頼することすら難しくなる。なぜこのようなことが起こってしまうのか。
4 千葉県の児童相談所で直面した課題、その背景

→私の体験談をもとに、ワダシノブ先生が描いてくださったマンガ。私の伝えたいメッセージがとても込められていて、読みやすく、視覚的にもわかりやすい作品になっている。
4−1 休憩はなく、研修もなく始まった勤務
入庁初日…課長は続けて『お休みは土日じゃないです。連休もめったにはとれません。』『休憩時間は、昼休みには子どもと一緒にごはんをたべるから無いのです。その代わり、16時以降は子どもたちの記録を書く時間があって、そこでは座っているので、現状休みの代わりになっています』と私たちに伝えてきました。これは本当に大変な職場にきたのかもしれない、と感じました。
2024年10月31日 原告陳述書より引用
眼の前にいる子どもたちがどのような背景で保護されているのか何に気をつけるべきなのか、全く情報共有もありませんでした。仕事の大半は、先輩職員の背中を見て学びます。「1回見たら、もう自分で仕事ができるようにしてね」と何度も言われました。記録の書き方や子どもたちの今後を決める資料も、「あとは資料を読んでおいて」と言われるだけです。
2025年10月9日 原告意見陳述書より引用
4−2 背景:人員不足と長時間勤務
平成31年4月当時、市川児相の一時保護所 における児童の定員は20名とされていたが、40名を超える児童が入所していた。
2025年3月26日千葉地方裁判所判決文より引用
4−3 結果:休憩なしの長時間勤務
市川児相の一時保護課の職員は、日勤のうちA勤務では 1 2 時から 1 3時までが休憩時間とされていたが、入所児童の食事の準備をし、食事中も児童の指導や対応をする必要があり、夜勤の職員が出勤し、人員に余裕の出てくる16時以降にようやく落ち着いた時間をとれることが多く、またその間も行動記録を付け、質問に来た児童に対応するなどしていた。
2025年3月26日千葉地方裁判所判決文より引用
宿直勤務(夜間及び明け勤務)中の1時から5時30分までの仮眠時間は、児童の体調が悪くなったときや、警察等から電話がかかってきたとき、緊急の一時保護の要請があったとき、児童が施設から逃げ出してしまったとき等一時保護所で生じ得る突発的な事態に対応することを指示されていた。職員は、児童の居室又はその前の廊下で待機するよう指示され、 2 1 時の消灯後から翌 1 時までは定期的に見回りを行い、一時保護日誌等の作成を行った。
2025年3月26日千葉地方裁判所判決文より引用
職員数は定員をもとに配置されているので、2倍子どもたちがいれば、本来2倍の職員数が必要です。ですが、不足を補うために休みなく職員が働いているのが実態でした。休憩時間もありません。トイレに行くことすら、「今そんな時間はありません」と注意された新人職員もいました。
2025年10月9日 原告意見陳述書より引用
4−4 こどもたちへの影響
職員の不足が特に影響するのは子どもたちへのケアです。いつトラブルや事故が起こってもおかしくないほど、子ども全員に職員が目を配ることができない状況でした。少ない職員で安全を維持するため、数多くの生活のルールもあります。トイレに行くときには手をあげ、ティッシュ一枚使うときすら許可が必要です。ご飯は完食しなければいけませんし、嫌いなものを減らしたらおかわりはできないことになっていました。ある日、肉の脂身を食べられなかった小学校低学年の女の子が、完食するまで食堂に1時間ほど職員に残されている姿も見ました。子どもたちの日記には「ここは刑務所みたいだ」と書いた子もいました。
2025年10月9日 原告意見陳述書より引用
家庭で傷ついた子が、一時保護所でさらに傷つくことなんて絶対あってはいけない。でも私は、子どもたちをケアするどころか、傷つけているのではないかと毎日葛藤していました。
大事にしていたことが崩れていく
2019年7月24日 原告の日記より引用
ダメだ。もう逆に冴えて寝れない。色々考える。元々「相談所」みたいなところで働いてみたいと思ってた。人の話を聴くことが好きだったから。でもいざ働いてみれば、身につけていくのは話をいかに聞いたふりをして、受け流すこと。話を一人一人聴いていたら、仕事が回らないことはわかる。でも、当初想定していたものとは異なる、そういう力をつけていく自分がとても虚しい。無力でしかない。これが現実と思って受け入れるしかない。
4−5 職員として倒れてわかったこと
- こどもの権利から見ると明らかにおかしいことが起こっていた(ルール・制度・慣習・指導・言葉遣いなど)。
- 一方で職員もまた、定員の2倍を超える子どもの数や職員の不足、過酷な労働環境によってギリギリの状態を保っている。
- その結果、少ない人員でこどもの「安全」を守るために、管理的になる。
- でもだからといって、こども達が傷ついていいわけじゃない。絶対。
5 裁判に至るまでの行動
5−1 人事面談における副所長(次長)へのプレゼンテーション
休職をしていた私でしたが、10月頃市川児童相談所の次長(副所長)との定期人事面談がありました。その際に、私が休職した経緯や一時保護所の現状について、伝えました。
2024年10月31日 原告陳述書より引用
ですが副所長の反応はいいものではありませんでした。「現状は私もわかっている。人事課にもかけあっているが、人員も増えない予定。今の現状でどうにかするしかない。」との回答でした。
5−2 職場復帰にあたっての要望書
「休職からの職場復帰にあたって配慮事項があれば書面で伝えてください」と言われました。そこで私は翌年2月の職場復帰にむけて、資料を作り、面談で伝えることになりました。(略)書面には、休憩時間をとらせること、夜間勤務を免除すること、産業医への相談をすること、研修を受けさせること、遅出勤務をすること、などを求めた内容をまとめました。(略)
2024年10月31日 原告陳述書より引用
一時保護課長は休憩時間が取れなかったことに対してこのように発言がありました。「この状況が決していいとは思えないし、これは私がいたときからずっと状況は変わっていない。私たちは寄り添う仕事だから、そこは責任感をもって。」
総務課や人事課にも伝えましたが「現場でなんとかしてほしい」という返事でした。
2024年9月版陳述書案より抜粋、提出版では削除
内部から変わることは難しそうだった。
5−3 匿名でのマスメディアへの情報発信・提供



問題提起として効果は大きかった。
5−4 議員へのアプローチ
議員から県議会や委員会での質問を通して、問題提起や内部の統計データが公開される意義は大きかった。
5−5 労働基準監督署への申告
実は2019年の休職後、労働基準監督署に相談したことがあった。その際には「公務員なので対象外」と門前払いだった。2年後、あるニュースを知った。
埼玉県越谷市保健所の事務職員(略)が18日、市内で記者会見を開き、新型コロナウイルスの感染拡大で「保健師らは過労死寸前」として労働環境の改善を実名で訴えた。労働基準監督署に既に通報し、市も対策に乗り出した。
共同通信、2021年9月19日「コロナで長時間労働、改善訴え 埼玉の保健所職員、実名で会見」より引用
このニュースをみたとき、「なぜ公務員なのに労働基準監督署に相談できるのだろう」と疑問に感じた。実は元々児童相談所に関しても、以下のようなニュースがあることは知っていた。


そこでインターネットで検索をかけていると、他の自治体で児童相談所の一時保護所が労働基準監督署の管轄であることを示す資料を見つけた。調べると、公務員であっても保健衛生などの分野は労働基準監督署の管轄になる可能性があることもわかった。千葉県ではどうなのかを調べるため千葉県の「人事委員会年報」を調べたところ、児童相談所の一時保護課は「労働基準監督署が職権を行使する事業所」であることがわかった。
再度労働基準監督署に、その資料をもとに相談しにいくと申告できるとの回答が返ってきた。休憩できていない証拠として1日の業務マニュアルなどを渡し申告すると、翌日には労働基準監督署から児童相談所に対して是正勧告が出ましたが・・・。
労働基準監督署に休憩時間分の未払賃金を申告すると、市川児童相談所に対し是正勧告が出ました。労働環境が良くなることを期待しましたが、副所長からは「未払賃金の支払いは飯島さんだけです。他の職員へ払うことは検討していません」と伝えられました。もう職員としてできることはない、そう思い退職を決意しました。
2025年10月9日 原告意見陳述書より引用
5−6 弁護士への相談
このままではいけないと思い、関わりのあった弁護士さんに相談へ行った。私の職場環境をきくと、「そんな職場環境は普通ではありません。働くみなさんの人生を使い捨てにするようなものです。これは飯島さんあなただけの問題ではありません。だからこそ、弁護団で取り組んでいきましょう」と提案してくださいました。7名の弁護士からなる弁護団「じそう弁護団ちば」が結成されました(2025年11月時点で12名)。
ちょうどその頃、次のようなニュースが流れてきました。
2020年度、精神疾患により1カ月以上の療養休暇を取得した県職員の長期療養取得率は、全体平均の2・7%に対し、児相職員は388人中36人の9・3%で3倍超だった。カウンセラーなどの心理職、児童福祉司に限れば4倍近かった。
朝日新聞、2021年12月7日「精神疾患で長期療養 千葉の児相職員、全職員平均より3倍超の水準」
詳しく県議会議事録を見てみると、次のようなことがわかりました。
令和2年度の県職員の精神疾患による長期療養の取得率が平均で2.7%とのことであります。しかし、心理職は10.3%、児童福祉司も10.3%、児童指導員が8.4%とのことであります。児童相談所に関連する3つの専門職の精神疾患による長期療養取得率が著しく高くなっているわけであります。
千葉県議会、令和3年12月定例会の議事録より引用
令和2年度における心理、児童指導員、児童福祉司の児童福祉関係3職種の精神性疾患による長期療養者の状況について、割合の高い順に申し上げますと、(略)年齢階層別では、心理職の20歳代が53.3%、児童指導員の20歳代が50%、心理職の30歳代が46.7%でございます。採用年数別では、児童福祉司の採用3年目以内の方が66.7%、心理職の3年目以内が53.3%、児童指導員の3年目以内が50%となっております。
千葉県議会、令和3年12月13日総務防災常任委員会議事録より引用
このデータを知ったとき、私は次のような日記を書いていました。
私のほかに苦しい思いをどれだけした人がいたのかと。6人に1人は精神疾患にかかり、かつ休職をするという。しかもその多くは20代で、一時保護所の職員で。同じ児相の職場で、新卒で入庁して働く人の誰かは必ず精神疾患にかかり、休職をせざるをえない。そんなことってあっていいのか。とても異常すぎるではないか。
当時の日記より引用
私1人の問題じゃない。私だけじゃない、多くの人達が苦しんでいる。そしてそれは、特定の個人が悪いわけではない。制度や仕組み、構造の問題。構造から変わるためには、もっとこの問題について知ってもらう必要がある。そう思い、裁判を、社会的にもインパクトを出すために実名・顔出しで、そして政策形成訴訟・公共訴訟として行うことにしました。
6 実名・顔出しでの政策形成訴訟・公共訴訟
6−1 裁判の目的・狙い
- 一時保護所の現状について知ってもらうこと
- 一時保護所の子どもたちにより一層のケアを届けるための、まず職員が健康に働ける環境を整えること(少なくとも法律の最低限の労働環境を整えること)
- 特に昼休憩時間および夜間仮眠時間分の無給時間について、未払い賃金が請求できる判例が出ることで、少なくとも千葉県の他の職員にも未払い賃金が払われるようにすること
6−2 問題提起としての役割

→毎日新聞、朝日新聞、読売新聞、共同通信、千葉日報、産経新聞、東京新聞、NHK、TBS、テレビ朝日、千葉テレビなどマスメディア各社様に取り上げていただいたものを、自分のサイトにまとめています。
6−3 政策形成訴訟・公共訴訟としての役割

6−4 2025年3月26日 千葉地方裁判所勝訴判決
【判決1:昼「休憩時間」夜「仮眠時間」は労働時間である】
原告は、所定の休憩をとることができず、当該時間においても業務を行わざるを得ず、所属長である.課長もそのことを黙認していたものと認められる。また、夜間及び明け勤務において設けられている仮眠時間についても、警察等からの電話対応があった場合や一時保護要請があった場合等、突発的な事態が生じた場合に対応することが指示されていた上、実際に、仮眠時間中においても職員がこれらの対応を行うことがあったというのであるから、役務の提供が義務付けられており、労働からの解放が保障されていたとは認められない。以上によれば、休憩時間及び仮眠時間はいずれも勤務時間に該当する。
2025年3月26日千葉地方裁判所判決文より引用
【判決2:安全配慮義務違反の認定】
市川児相においては休憩時間又は仮眠時間とされる時間に職員が必要な休息をとることができていなかった。 職員の増員を含む人的態剪の整備が機動的に行えないのであれば、 ベテラン、 中堅から新人へのスキルの伝承に力を入れなければならない・・・(一部省略) 特に原告を含む平成 3 1 年度の新規採用職員に対しては、繁忙を理由として、 実践的な研修がなかったというのであり、 児童相談所の入所児童に初めて対応する新任の職員に対する研修や指導の在り方としては総じて不足していたと言わざるを得ず、 市川児相が組織として職員の勤務状況の改善について具体的な措置をとったとも認められない。 これらの事情は、職員の心身の健康を損なうおそれのあるものである。
2025年3月26日千葉地方裁判所判決文より引用
以上の点において、 被告には安全配慮義務の違反が認められ
しかし、千葉県は即日控訴
6−5 2025年10月9日 東京高等裁判所第1回期日・即日結審

6−6 裁判の到達点と課題
到達点:すでにかなり達成している
- 問題提起⇨多くのメディアに取り上げていただいたことなど
- 具体的な改善→職場では昼の休憩時間をとらせるように記録をつけたり、仮眠時間中も2時間だけは残業時間としてカウントされるようになったと聞いている。国の流れとしても、2024年4月に一時保護所の運営基準が策定された。
6−7 課題点:具体的な改善はこれから
- 裁判が直接一時保護所の改善につながるわけではない。(とはいえ少なくとも最低限の労働環境が整わないと、改善のしようがないのも事実)
- 他の職員に対する未払賃金は払われるかはわからない。
- 千葉県の児童相談所職員が定員割れしている現状もある。
7 個人的な負担・犠牲
7−1 なぜ個人的な負担・犠牲の話をするのか
ここではあえて、裁判などの行動に伴った、私の生活や心身への悪影響について触れたいと思います。同情してほしいからではありません。私の裁判だけでなく、広く社会的な活動・運動(いわゆるソーシャルアクションも)をする方にとって、自分の生活や心身への負担や犠牲が伴うことに、心当たりがある人も多いのではないでしょうか。もちろん、「やりたくてやっているから、多少の負担はしょうがない」「それ以上に得るものがある」というのも痛いほどわかります。私も今回の裁判は、こどもたちのため、職員のためだけでなく、自分のためという意味もあったので、多少の負担や犠牲も覚悟していました。ですが、裁判を進めるにつれて、想像以上のものがありました。そして大事なことは、その社会的な活動に伴う犠牲や負担は、本人のせいや自己責任ではなく、もっと社会の構造的な問題を背景にして起きているということを痛感しました。だからこそ、私の例を通じて、社会をよくしたいと思っている人たちを支え、世の中がもっと良くなるために、どうしたらよかったのかを考えたいと思っています。私にとっても、まだあまり話し慣れていないテーマですので、一緒に考えてくださいますと幸いです。
7−2 仕事への致命的な影響・経済的な困窮
まず大きな影響を受けたのが仕事、つまりお金のことでした。そもそも裁判をするにあたってはお金がかかります。そして私は今回政策形成訴訟・公共訴訟として取り組んだということもあり、それに伴う費用もかさみます。公共訴訟を支援しているプラットフォームであるCALL4によると、裁判費用は通常100万円以上かかるといわれています(CALL4「知っておきたい!公共訴訟のキホン」より)。あえて私が裁判等にかけたお金は言いませんが、一般的にはそのくらいかかるものでした。かつ私の場合、児童相談所の仕事をやめて裁判を起こしていますので、弁護士に相談した際には、私は無職で、少しの貯金があるくらいでした。
貯金は裁判費用に充てるつもりでしたので、自分の生活費を稼ぐ必要があります。そのため実は裁判前には、転職活動をしていました。福祉業界に限らず、様々な業界を視野にいれて転職活動をしているところに、裁判の提訴が重なりました。提訴すると、マスメディア各社が一斉に記者会見の様子を記事にしてくださいました。私からすると、ここまで報じてくださることは意外でしたので、嬉しくはありました。一方で、顔出し・実名で行っていたので、インターネットで名前を検索すれば私の顔も名前も出てくるようになりました。
転職活動は、複数エージェントを経由していたものもあったのですが、あるエージェントに状況を伝えると「紹介できる企業はない」と伝えられました。また別の相談していた方にも「こうなると一般企業での就職は厳しいと思います」と伝えられました。
これは雇用は厳しいと悟ったため、なんとか個人で稼ぐ必要が出てきました。とはいえ、児童相談所しか(しかも体調を崩してやめている)職歴がなかった私にとって、仕事にできるものはなにかと模索していました。最終的には、大学・大学院での研究や論文執筆と相性のよいライターという道を選び、ライターなど業務委託のお仕事を探しまわっていました。
実績もなかったのですが、初心者OKなライター募集があったので、応募してみました。すると面談先の方から、「あなた裁判起こしていますよね」「その点を私達は懸念しています」とおっしゃられました。幸い、社長さんと共通点が多かったこともあり、ライターとしてはお仕事をいただけましたが、「もうこの先就職は厳しいかもね」と社長さんからはいわれました。
その後、別の業務委託のお仕事も知り合いを通じていただく予定になっていました。しばらくスムーズだったやりとりが、ぱたっと途絶えてしまいました。メールをしても返事が来ず、どうしたのだろうと思っていると連絡がきて、契約締結を先延ばししてほしいという連絡がありました。原因はわかりません。結局知人に事情を話して契約はしたのですが、結局半年未満で契約は打ち切りになりました。
また元々付き合いのあった福祉系の団体からお仕事を受ける予定もありましたが、こちらも白紙になりました。こちらは連絡が取れないので事情はわかりません。ただ、やはり福祉系の団体の場合、自治体から補助金・助成金で運営しているところも多いところから、自治体と訴訟している人間と関わること自体を避けたいのかもしれないと思うようになりました。
また補助金・支援金の申請をしようと思っていたところ、誓約書に「法的なトラブルがないこと」「争訟がないこと」というチェック項目があり、問い合わせたところ裁判をしている原告も対象とのことで、申請できないこともわかりました。
すでに貯金の底が見ていたため、かなり焦り精神的にも不安定な時期でしたが、たまたま別の知り合いが仕事を募集していたので、そこで業務委託をして、なんとか乗り越えることはできました。これまでからもわかるように、基本的にお仕事は知り合いからしか受けられませんでした。基本的に面識がない相手から仕事を請けられることは、ほとんどありませんでした。
この不安定な収入状況のなか、知り合いから福祉系の施設への雇用を打診されました。数カ月後の正社員を見据えたアルバイト雇用でした。ありがたいと思っていたところ、勤務前日に急に連絡がきて、様々な事情があってすべて白紙になりました。
借金をするギリギリの時期でしたので、様々なアルバイトへのアプローチもしました。ですが、書類選考ですべて落ちました。また知り合いの人から、市場でのアルバイトの勧誘もうけましたが、それも契約書を結ぶ段階で、白紙になりました。「あなたはまだ若いから、こんな仕事しなくてもいいんじゃないかと思って」と言われましたが、違う理由があるのではないかと思っています。
と、仕事への影響は致命的でした。ほとんどの仕事は知り合いを通じたものです。それでしか請けられませんでした。ライターとしては、その後本を出版したり、知り合いからのお仕事を通じてそれなりに実績を積んでいたのですが、面識のない会社のライター募集へ応募しても、ほぼ面接まで進みませんでした。返信がくることになっていたものについても、多くが返信さえ返ってこないような状況でした。
もちろんこれがすべて裁判の実名・顔出しの影響だったのかはわかりません。ですが、ここまで急な変更が続くと、やはり裁判の影響なのではないかと勘ぐってしまうこともありました。そもそも裁判をする人とは関わりたくないものだろうか、と思うようになりました。それは仕事だけではありません。そもそもの人間関係についてもです。
7−3 人間関係の断絶
こちらは特に提訴後、やりとりしていた人たちからの連絡が急に途絶えたところから始まりました。福祉系の団体の方々だったこともあるのか、やはり自治体と争っている人と関わることで、影響があるのではないかと懸念してしていたのかもしれません。メールを送っても返ってこないなどは、普通のことになってしまいました。
逆に知らない人からメールや連絡がくることもありました。最初のうちは対応していましたが、次第に「ただであれこれやってくれ」「私もあなたに共感するから、これを無料で引き受けてくれ」など、都合よく利用されているなと感じるようになりました。お願いだから、私の生活を使い潰さないでくれと、よく思っていました。
また、親しい間柄の人の中でも起こっていました。私が上記のような仕事の状況だと悩みを話しても、「あなたが裁判すると決めたんだから、あなたが責任もって」と言われることも多々ありました。もちろん相手に悪意はなかったと思います。励ましていたのだとも思います。ですが、こうした裁判の影響もすべてなかったことにされたような、その中で葛藤することすら、悩みを打ち明けることすらできないのかと、悲しくなりました。親しい人ですらこのような状況なので、周囲の人間が私の状況を理解するのは難しいよなとも思いました。
こういったことを踏まえて、あえて私は周囲の人とは距離を取ることにしました。私の状況を理解してほしい、理解できるはずだ、という期待を持たないほうが楽だったのです。それが自分を必死に守るための最善の策でした。
7−4 精神的なプレッシャーと不透明な先行き
裁判に実際にかかる時間は案外それほど多くないものです。2〜3ヶ月に1回裁判で30分ほどやりとりがあり、それにむけて月に数回打ち合わせがあります。政策形成訴訟としてメディア対応があったりしても、生活に占める実際の裁判にかかる時間の割合は、0.5(裁判):9.5(日常)というくらいでしょうか。
ですが、この裁判外での日常こそ、裁判を意識せざるをえなかったです。上記のような仕事や人間関係への影響もありましたし、ほぼその日暮らしのような状態でした。幸い途中から実家を頼らせてもらい、生活自体は送れるようになりましたが、精神的なプレッシャーはずっと続いていました。どこで何をするにしても、裁判のことが頭に浮かびます。これをすると裁判に影響あるのではないか、下手なことはできない、これは裁判があるからできないかもしれない、そんな考えがずっと巡っています。特に私の将来の先行きの見えなさも大きかったです。この先私はどう生きたらいいんだろう、むしろ生きれるのだろうか、と常に不安でした。
メンタルは常に揺れていました。精神的にもおそらく不安定な時期が長かったと思います。
7−5 私なりの対応策
いろいろ裁判への悪影響を書かせていただきました。本当に裁判を始めた2年くらいは、どん底だったと思います。ですが、2年間のなかで私なりにそれぞれの対応策を考えてきましたので、最後にそれを示したいと思います。
【①仕事面について】
こちらについては、仕事については知り合い経由でしか取れないものだと諦めることでした。そもそもライターなど個人で仕事をする人はそういうものだと思いますし、あえてそっちに振り切ろうと思って、知り合いの方が仕事を募集していたときには、ライターだけでなく、いろんなものに関わりました。IT関係(ご高齢の方のスマホ相談、自治体のIT相談窓口)、宿泊系(古民家をリフォームしたホテルのエリアマネジャー、温泉旅館での清掃)、企業の採用支援など。仕事を選ぶ余裕がなかったのもありますが、ただいろんな経験ができたのでよかったとも思います。
【②人間関係ついて】
こちらもかなり割り切りました。つまり、裁判のことに少しでも理解してくれる人たちと関わり、逆に無理解な人たちとは距離をとるということです。これはむしろよかったと思っていて、この先もそうだろうなと思っています。
【③精神的なプレッシャー】
こちらはかなりどん底だったこともあるので、逆に自分へのセルフケアを意識せざるを得ない面もありました。つまり、どんな場面であっても自分の心身へのケアを第1優先にするということです。この優先度の変化があったことは、非常に重要だったと思います。
確か、まず取り掛かったのは運動です。実は私は、2023年末ごろには体重が100kgを軽く超えていました。就職時には70kgほどだったのですが、仕事や精神的なストレスでこのくらいの体重になっていました。そのため肩こり・首コリなどかなり身体がしんどかったのもあって、コリをほぐすために軽く身体を動かそうというところから、私のセルフケアは始まったと思います。そこで始めたのが自転車・サイクリングでした。近くの手賀沼にサイクリングコースがあり、気晴らしに走ってみたところ、とてもリフレッシュになることに気づきました。最初は30分もこげなかったと思いますが、その心地よさがよかったのか、次第に毎日1~2時間ほど自転車(ママチャリ)で漕ぐようになりました。考え事をするにはぴったりで、仕事や今の状況に合っていたのも大きかったと思います。するとダイエットと意識せずとも、毎月4kgほど減り、最終的には30kgほど痩せました。
そのためかなり心身にかなり良い変化があったのが大きかったです。そこからさらに本などからセルフケアや休み方などを研究するようになり、自分の体調変化などを意識して日記をつけるようになりました。そこから自分の身体の付き合い方なども学んできました。そしてその日記などを書くこと自体が、自分にとって自分を保つために必要な作業だということも気づいていきました。
このような形で精神的な面と付き合ってきましたが、将来的な先行きの見えなさはいまだに課題としてあります。ですが、「まあなんとか生き延びれるだろう、私なら」という感覚を、上記の対応策を通じて、信じられるようになったので、まあ多分大丈夫だろうと思っています。このように自分の感覚を信じられるようになったことも、大きな成果だったと思います。
だからこそ、私は誰かを助けたいと思う人ほど、自分を大切にしてほしいと思うようになりました。
8 それでも裁判をしてよかったと思えたこと
これまで生活の中心は裁判だった。提訴から3年が経ち、地方裁判所の判決も出て、高等裁判所の期日も見えてきた。おそらく2025年度中には、裁判は終わるのではないかと思う。確かに裁判には人生をかけたようなものではあった。
2025年6月24日 原告の日記より引用
一方で裁判が終わっても、私の人生は続いていく。地方裁判所の判決後「自分の幸せをもっと考えていい。」と、弁護団の弁護士から言葉をいただいた。私も自分の人生を整える時期なのだろうと思った。
幸い、これまで自分の心身を整えるのには十分な時間があった。次は仕事を安定させたい。住みたい場所もある。自分の生活も楽しみたいとも思う。なにより自分のことも大切にしたいと思う。
2年くらい前に、ある大学で福祉を学ぶ学生さんの前でスピーチしたことがあった。話の最後にこんな言葉で締めた。「誰かを助けたいと思う人がこの世界で生きていることが、必ず誰かの希望になる」。今になって、それが自分に返ってきた。自分のことも大事にする。私自身が心からそう思えたのは、裁判を経た一つの成果でもあったと思う。
児童相談所や一時保護所で出会ってきたこどもたちは、これまで世の中のいろんな苦しみを経験してきたと思います。児童相談所職員は、そうしたこどもたちを支えたいとこの世界に入ってきたと思います。一方そのこどもたちが引き受けてきた苦しみが、今後はまた形を変えて職員を苦しませるということが起こっています。それは特定の誰かが悪いというわけでなく、社会の構造の歪みがこどもたちを職員を苦しめているということなのだと思います。その現象は特に社会福祉に関わる方々に共通しているように思います。
だからこそ、私が裁判を通じて大切だと思うことは、誰かを大切にしたいと思っている自分のことも同じくらい大事にするということです。誰かを助けたい、支えたい、救いたい、そんな想いのある人こそが、自分を大切にすればするほど、社会はもっとよくなっていくはずです。そして誰かを助けたいと思う人が、その先この世界で生き続けていることが、必ず誰かの希望になります。
千葉地方裁判所の判決には次のような一文がありました。
近年、児童福祉法にいう要保護児童が増加するなどし、児童相談所の運営や一時保護の運用の在り方について国民各層の関心が高まっているところ、三菱UF Jリサーチ&コンサルティングにより令和 3 年 3 月に公表された「一時保護所の実態と在り方及び一時保護等の手続の在り方に関する調査研究報告書」(甲 2 1) によれば、(略)
2025年3月26日千葉地方裁判所判決文より引用
この一文を通じて思うのは、判決を後押ししたのは児童相談所や一時保護所に関心をもったひとりひとりの力だったということです。今回の裁判は、その関心の多さと高さに、私や弁護団は支えられてきました。だからこそ、このように関心を抱いてくれた方々こそ、自分を大切にしてほしいと思うのです。こどものために、誰かのためにという関心を持ち続けて、生き続けてくださることが、必ず誰かを救うと信じています。
どうか、児童相談所の子どもたちや職員が、誰からも傷つけられることなく、健康で幸せになる大きな一歩を進むために、力を貸してください。以上です。
2025年10月9日 原告意見陳述書より引用
以上。

