私の雑記
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あなたにとって「福祉」とは、を考える意義

けあけあ
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そういえば、こんなインタビューを受けさせていただいたことを思い出す。

https://fukushi-asobi.com/2021/12/23/syuzai-3/

その時には「身近な人を支えるような人になりたい」

それが福祉なのでは?とぼんやり思っていた。

このように考えるようになったのは、

「子どものため」「障害者のため」「地域のため」

など、「誰々のため」と掲げつつ、

そこで普段活動を一緒に共にする人たちの苦しんでいることには

あまり目を向けない人と出会ってきたからだった。

もちろん誰々のためと活動することは尊いことでもある。

でもそれで、誰かのために

誰かの人生が苦しくなることは、

私は好ましくないなと思った。

この「福祉」とは何か、と考えることの意義は、

果たして自分は本当に「身近な人」を支えられているのか、

という自分なりの福祉観を問い直すことにあるのだと思う。

私は本当に「身近な人」を支えられているか。

「身近な人」としながらも、

その人を見ず、

世の中的に良いとされている抽象的な存在のため、

大義名分を掲げていないか、

常に自分に注意する必要があると思う。

でも時々、そこにすがりたくなる自分もいる。

自分のやっていることは「誰々のため」なんだと、言いたくなる時がある。そして他者から承認されたくなる気持ちもあると思う。自分のやっていることは間違っていないんだと確証を持ちたくなる時もある。

それでも自分の感覚を問い直し続けること、

「ゆらぎ」の感覚を持ち続けること、

それは忘れてはいけないだろうと思う。

きっと忘れてしまえば、

その「ゆらぎ」や葛藤や悩みを持っている、

身近な人の生々しい感情に届かないように思うからだ。

でもそれは結構苦しいこともある。

でもほんのひと時、生きていてよかったと思えるほどの体験をすることもある。

それが私の原動力なのだろうと思う。そんなことを思い起こさせてくれたインタビューだったと振り返る。

運営者について
飯島章太
飯島章太
フリーライター
元児童相談所職員での経験を活かして、子ども・若者のケアに関わる人たちに取材を続けています。著書に『図解ポケット ヤングケアラーがよくわかる本』 。
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