私の雑記
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本を読めるということ

けあけあ
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本が読みたいな。

実は私は数年前から活字が読めない。

病気の後遺症なのかわからないが、簡単な長文でさえ、

漫画のセリフでさえ

数行も読めない。

自分が書いた文章さえ、なかなか読めない。

症状は、

・文字が幾重にも重なってみえる

・目が滑る

・文字酔いする

などがある。

対策は、「なんとなく読む」だけ。

情報をサーチして読むくらいはできる。

よくLD(学習障害)、失読症なども参考にしたが、

似ているなと思いつつ、

私は明らかに後天的なので違う部分もある。

最近は音声で聴けたりするものもある。

私の場合、点字図書館のサービスを利用して、

音声ダウンロードできけたり、

オーディオブックを買うこともある。

でも、不思議なことに読めないし、聞けないのだ。ついていけない。

読書の重要さは私が語るまでもない。

昔は私も月10冊は読めていた。

でも今読めるということがどれほど条件が必要なのかがわかる。

・精神的に本を読める状態である

・本を読めること時間を費やせる経済状況である

・本を読める身体的障壁がないこと

などなど

読書や教養が、いかに庶民に届いてきたのかという歴史がよくわかる。もちろん届かない側として、今は思う。

自分で考えるのには限界がある。

だから人の話を聞くのが楽しい。

でもそれも限界がある。

手の届かない人たち(過去現在も)の知恵が

学べない。

特に言いたいことがあるわけじゃないけれど、

本当に身体は資本だなと、失ってから感じる。

運営者について
飯島章太
飯島章太
フリーライター
元児童相談所職員での経験を活かして、子ども・若者のケアに関わる人たちに取材を続けています。著書に『図解ポケット ヤングケアラーがよくわかる本』 。
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