私の雑記
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【うつ病と希死念慮について】

けあけあ
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※あ、内容重くなっちゃったので、気分明るくしたい方にはお勧めはしない投稿です。

※最初に言っておきますが、私は死ぬ気はないので!!!!あまりご心配いりません。あくまで自分のうつ症状を客観的に書くとどうなるかなと当事者研究しているつもりなので。

メリークリスマスですが、あまり関係ない文章を書きます。

よくうつ病は、1日中「死にたい」という気分が続く病気だと言われます。もしくは自殺したいと思うことさえ出てくる病気だと言われます。

ただ実際の症状は「希死念慮」と呼ばれます。死を希望する考えがまとわりつく症状という感じでしょうか。これがうつ病かどうかを見分けるとされているお医者さんもあるかと思います。

私もこの言葉を聞いて最初はピンときませんでした。

また本を見ても、「いつも『死にたくなる』ことだ」とか

例えば木立を見て「ここで首つりができるな」とか常に自殺することを考えるという説明は見てきました。

ただ、これを見るたびに、「あー、俺はうつ病じゃないかもな」と思うことが多かったです。私は特に自殺したいわけではなかったり、「死にたい」とまでは言わないなぁと思ったり、何かを見てすぐに自殺を考えるわけではないのです。

ですが、確かにうつ病はいわゆる「死」を意識する病気だと感じています。私が「希死念慮」を説明するとしたら、「自分が常に『存在が無くなればいいのに』『このまま消えたらいいのに』」と、その人の生存を消極的にさせる症状という感じですかね。

私の例でいえば、「自殺」はしたいとは思いませんでした。やはりそれをするのは怖かったですし、そのあとの影響とか考えると恐ろしかったというのもあるので。そこまでの勇気はでなかったという方が正しいかもしれません。

一方で数々のうつ病の症状に襲われる中で、「この症状から逃れたい」「こんな思いをするくらいなら」という思いで、「自分の存在をなかったことにしたい」と思うことは何度もありました。「このまま痛みも伴うことなく、苦しむことなく消えてしまいたい。」とは、よく考えていました。

また自殺を常に考えるかというと、これも微妙に違うなと感じています。言葉にはとてもしづらいのですが、ふとした瞬間に、「これこうすれば死ねるな」という考えが襲ってくる感じです。自分が死ぬかどうかは置いておいて、こういう手段があるなということを考えるのです。

例えば、自分の身長と同じくらいの高さのあるドアフックをみて、「ここに紐をかければ首が吊れる」とか、寝ている上にあるドアノブをみて、「ここにタオルをひっかければ首つれるな」とか、ビニール袋をみて、「縛れば窒息死するかもな」とかそういう感じです。

そう考えることで、「死」と自分を切り離せなくなる病気なのかなとも思います。切り離さないことで逆に安心感を得ている、というのは言い過ぎでしょうか…?

「誰だって『いなくなりたい』ということはあるよ」と言われることもありますが、「常に、頻繁に」ということがポイントなのかなと思います

運営者について
飯島章太
飯島章太
フリーライター
元児童相談所職員での経験を活かして、子ども・若者のケアに関わる人たちに取材を続けています。著書に『図解ポケット ヤングケアラーがよくわかる本』 。
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