私の雑記
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【うつ病にとってコーヒーは毒か?】

けあけあ
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結論からいえば、私にとってはケースバイケースだと思うということだ。コーヒーを完全に断つのではなくて、コーヒーとのうまい付き合い方を考えた方が良い気がする。

一般的に、うつ病になっている人はコーヒーなどのカフェインは避けるように言われている。

それはカフェインが交感神経を刺激して、眠れなくなり、生活リズムを狂わせるからだというものだ。

実際、私も医者や就労移行支援にはなるべく避けるように言われていた。

そしてこの1週間コーヒーをなるべく飲まない生活を続けていた。

この一週間調子が果たしてよかったかといわれると10段階で2~3をずっと推移していた。

メンタルに関しても、何もできない自分に嫌気がさして罪悪感を持っていた。

一方コーヒーを飲んでみた今日はどうだったかというと、飲まなかった時から飲んでみて、調子やメンタルが1段階以上上昇しているように感じた。それは今日一日だけでなく、これまでの私の経験からも言えることだ。

もちろん、その元気はカフェインによる偽りだと指摘されるかもしれない。

でもどうだっただろう。

ずっと寝込んで罪悪感をもって自分の存在さえも無になればいいという感覚をもっている1日と、

無理やりかもしれないけれど、多少外に出る元気が出て、少しでもやる気が起きて何かが実際にできて、充実感を持てる1日、

どちらかを選ぶなら、私は後者を選びたいと思う。

もしかしたら長期的に見れば、カフェインをとらないほうが、体調は安定するのかもしれない。

この元気は短期的に見ると、調子の上がり下がりが後に影響してくるのかもしれない。

それでも私は今生きている実感を得るためにコーヒーを飲みたいと思う。

飲まないで得られるメリットと、飲んで得られるメリットが明らかに後者の方が大きいと感じるからだ。

何より私にとっての数少ない趣味である、コーヒーを飲むという行為を制限される方が、私にとっては苦痛だと感じた。

大げさかもしれないけれど、

一般的には良くないとされる行為が、

その人その時その場合によっては良いとされる時があるのではと思った。

一方で、これが行き過ぎれは「依存症」になる心配があるかもしれない。これまでの文章は、お酒や薬物の依存症と重ねて考えることもできるかもしれない。

しかし一方で、「ハームリダクション」という考え方がある。

これは主に薬物依存症の人たちが、薬物を完全に断つのではなく、薬物を安全な環境の中で付き合いながら、うまく付き合いながら生きていくという考え方だと理解している。

私のカフェインに対する考え方はこの「ハームリダクション」に近い。

カフェインという嗜好物を完全に断つのではなく、安全に付き合うことで、うまく生きていくことを考えることに力を注いでもいいのかもしれない。

きわどい考え方かもしれないけれど、それができるのが当事者研究のメリットのように思う。

運営者について
飯島章太
飯島章太
フリーライター
元児童相談所職員での経験を活かして、子ども・若者のケアに関わる人たちに取材を続けています。著書に『図解ポケット ヤングケアラーがよくわかる本』 。
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