私の雑記
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他人事の怒りへの違和感

けあけあ
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SNSではよく、ニュースを見た人が、そこで感じた怒りを表明して、そこで犯罪を犯したり、いけないことをした人を非難する投稿を目にする。

怒りは大事な感情だ。

そのやり場のない怒りをSNSで発散することも大事だろう。

それが原動力になることもある。

でも中には、怒りを出しているその人自身が

「他人事」のように、「その人が悪い」と個人的な責任を強調するスタンスの人も目にする。

ただよく思うのは、実は非難をしているその人自身が、

昔から無意識に不条理な状況を推し進め、見ないふりをし、気づかないふりをし、解決もしようとせず、他人事のように振る舞った結果が、

今その人が非難している「犯罪」「いけないこと」を生んだのではないかということだ。

そうしたことを考えると、

私個人としては「その人がひたすら悪い」とは、

どうしても思えなくなる。

実は小さなものでも、自分が無意識的にその状況を生み出してきたのではないかと思い、心が痛くなる。

私に対しては、考えすぎと言われることもあるかもしれないが、

結局考えなさすぎた結果が、そうした状況を生むのだと思う。

物事に対して、他人事の怒りを出すよりは、

自分事の中での痛みを引き受けることが、

今自分にできることかなと思っている。

運営者について
飯島章太
飯島章太
フリーライター
元児童相談所職員での経験を活かして、子ども・若者のケアに関わる人たちに取材を続けています。著書に『図解ポケット ヤングケアラーがよくわかる本』 。
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