私の雑記
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サイトの目的(2021年版)

けあけあ
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こんにちは。

今日はサイトの目的、ここでは社会にとっての意味についても書いていければと思います。

無名の私が歴史を書き残す意義

私にとってこのサイトを書く意義は、「自分の生きた証を遺す」ことだと前回の記事では書きました。

あいさつとサイトの動機|無名の自分史 (mumeinojibunshi.com)

では、それは社会にとってどんな意義を持たせることができるのでしょうか?

私はこのサイトを通じて、

自分の人生は自分のものである、ということを伝えたいと思っています。

当たり前のことかもしれません。

ですが私はそれを理解するのに年月がかかりました。

どんな人生でもいいのだと思います。

日常・平凡な人生だったかもしれません。

もしくは困難にまみれて波乱万丈人生を送っていたかもしれません。

それでも、その日常・困難を自分のものにしていること。

それが大事なのではないかと思うのです。

自分の人生は誰のもの?

今の社会は、自分の人生を自分で歩みにくくさせていると感じます。

それは社会の発展とともに進んでいるというのが私の理解です。

技術やICTが発展する中で、世の中は便利になっていきました。

人は自分で人生を歩もうとしなくとも、自動ですすむことができる人もまたいます。

他人が選択肢を与えてくれることもあります。

それに従っていれば、生きることはできる社会だと思います。

それは暴力的な形でも同様です。

他人(家族を含めて)暴力的な形によって、人生が左右されてしまうこともあります。

またその暴力から救われたとしても、

周りの支援者たちから、自分の困難さを奪われてしまうこともあります。

それは、「そんなことは大変ではないよ」というある種の暴力的な関わりかもしれません。

また、「私が解決してあげる」とその人の困難を奪ってしまうかもしれません。

こうした日常・困難に遭うなかで、

いつのまにか自分の人生ではなく、他人の人生を歩んでいくことにならざるをえなくなります。

私が懸念しているのは、

自分の人生が他人に取られてしまうことに対してでした。

誠実な生き方を書き遺す

それでも私たちは必死に生きています。

日常を過ごしながらも一生懸命自分の人生を考え、

困難に遭いながらも、自分の生きる道を切り開いていきます。

そうした姿に私は憧れていました。

その生き方をとても美しいと感じました。

そしていつしかそうした人たちのようになりたいと思うようになりました。

私はそうした人たちのことを書き遺したいと思いました。

誠実に生きた人たちのことを後世に伝えていきたい。

それがさらに自分の人生を生きにくくなる人たちにとっての活路になると考えたからです。

自分を掘り下げることで他人の誠実さを遺せる

ですが、そのためには自分を掘り下げることが必要だと感じました。

誠実な人達の人生を掘り下げるためには、ある価値観からその人を掘り下げていくかが大事だったのです。

そしてその価値観は自分の範囲を超えられるものではないからこそ、

より自分について理解することが大事だと思っています。

そしてこのサイトを通じて自分を掘り下げていくことによって、

それを見た人たちが「自分の人生をこうして書き遺すこともできるのだ」というふうに、

思ってもらえることが私の目標です。

今回は以上となります。 

運営者について
飯島章太
飯島章太
フリーライター
元児童相談所職員での経験を活かして、子ども・若者のケアに関わる人たちに取材を続けています。著書に『図解ポケット ヤングケアラーがよくわかる本』 。
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