千葉県との裁判から2年を振り返るー現状の背景を考える
0 元職場の千葉県・児童相談所との裁判を振り返って
2022年7月下旬、元職場である千葉県・児童相談所に対して、未払い賃金や損害賠償を求めて裁判を起こしました。
そろそろ2年が経ちます。
裁判を簡単に振り返りながら、そこに込めた思いについて書きたいと思います。
裁判の狙いや目的に関しての記事はトップ画面の記事のほか以下をご覧ください。
1 子どもたちも、子どもに関わる人たちも大切
私が千葉県に対して起こした裁判は、千葉県の一時保護所の子どもたちの環境、そして児童相談所の労働環境がよりよくなることを目的としています(政策形成訴訟・公共訴訟とも呼ばれています)。
1−1 法律という最低限のルールを行政が守ることの大事さ
子どものケアの質(特に子どもたちを傷つけないかどうか)は、そこの職員が大事にされて、守られて、健康に働くことができるかどうかが大きく関わっているのだと、千葉県の児童相談所で働く中で痛感したことでした。同時に人は追い込まれば追い込まれるほど、子どもたちを傷つける可能性を高めてしまうということも、体感してきました。
職員が健康に働けるためには、まず法律上のルールを守るということが最低でも必要でしょう。それが保障されてこそ、職員の専門性やケアの質をあげるための研修やOJTが機能してきます。
行政が法律の最低限のルールを守るというのは、本当に基礎的ななことだと思いますが、それを守ることができないのが現状なのだと思います。だからこそ、まずは行政がしっかり法律を順守するということが大事だと思います。
児童相談所の労働環境や一時保護所の環境の課題は、他の自治体でも共通しているかと思います。資料に目を通しながらお弁当を食べて休憩が取れない職員や、面談をして昼休憩すら時間が取れない職員、当番制で携帯を持ち回りいつでも出勤できるように待機している職員(無給のところもあります)、そして実際には働いているのに仮眠時間・休憩時間とされている職員など、他の自治体でも同じようなことが起こっていると聞いています。
児童相談所だけではありません。他の福祉施設でも、同じように休憩も、仮眠も、研修もないところもあります。私の今回の裁判は、判例が出れば千葉県だけでなく他の自治体や施設にも影響があるかもしれません。
子どもたちや福祉を利用する人を大事にしたいと思うのであれば、まず雇用している職員が健康に働けるように、法律を守った労働環境を整備することが大事だと思います。
日本初の子どもの権利条例を定めた川崎市子どもの権利委員会の子どもたちは、以下のメッセージをおとなにむけて伝えています。
「まず、おとなが幸せにいてください。おとなが幸せじゃないのに子どもだけ幸せにはなれません。おとなが幸せでないと、子どもに虐待とか体罰とかが起きます。条例に”子どもは愛情と理解をもって育まれる”とありますが、まず、家庭や学校、地域の中で、おとなが幸せでいてほしいのです。子どもはそういう中で、安心して生きることができます。」
子どもの権利条例子ども委員会のまとめ(2001年3月24日 条例報告市民集会)
https://www.city.kawasaki.jp/450/page/0000105564.html
子どもたちを大事にするためにも、親御さんや職員・ボランティアなど子どもに関わる人も大事にできる文化が広がっていくことを願っています。
2 特定のだれかが悪いわけではない
一方で現在の千葉県の労働環境や一時保護所の状況は、特定の誰かが悪いわけではないのだと、裁判から2年経って思います。誰かが悪者であるという、わかりやすい状況ではないからこそ、今のような状況になっているのだと思っています。
2−1 全国的な傾向
そもそも児童相談所の機能も、歴史と共に変わってきました。
戦後、児童福祉法が成立し、児童相談所が作られると、まずその機能は戦災孤児の「収容」というところから始まりました。そこから時代の要請とともに、「非行少年」への対応、いじめ、「登校拒否児童」(当時の呼び方)への対応など、児童相談所の機能は変わっていきました。
そして2000年に児童虐待防止法が成立し、児童相談所の機能として児童虐待への対応がかなり大きなウェイトを占めていくことになりました。通告が義務化し、一般の人たちの関心も高まるなかで、虐待死がメディアで大きく報道され、虐待相談件数がうなぎのぼりに増え、一時保護件数もその分右肩上がりに増えていきました。
本来、その上昇率だけ職員は増えていかなくては対応は間に合いません。ですがあまりに急激な相談件数の増加と、対応ケース数の上昇により、職員の増加が間に合わなくなっているのが、今の状況としてあります。
2−2 一時保護所への注目度の低さ
その状況に加え、児童相談所の一時保護所というのは、かなり知られにくい存在で、世の中からの関心も低い存在でした。
児童相談所職員といえば、児童福祉司や児童心理司のイメージが、多数を占めているようにも思います。児童相談所の職員の増員は、虐待死によるメディア報道を通じて世間の関心が高まることで注目を浴びて、政策としても明言されてきましたが、児童相談所に一時保護された後の子どもたちが、どのような生活を送っているのかということはあまり注目されず、一時保護所の職員(ケアワーカー)の増員も明言されてきませんでした。
一時保護所の人員配置などの運営基準は、2024年3月まで独自の運営基準を持っていませんでした。それまでは児童養護施設などの児童福祉施設の規定を準用するものとされていましたが、他の児童福祉施設と特徴が異なる一時保護所では常に人員不足が叫ばれていました(個人的には他の児童福祉施設の人員配置・基準も十分でないので、今後よりよくなっていくとよいなと思っています)。
国の会議において一時保護所をきちんと検討したのは2020年の「児童相談所における一時保護の手続等の在り方に関する検討会」においてだとも言われており、児童相談所一時保護所への関心度の低さの表れでもあるかと思います。
こうして児童相談所が追いつくことができないほどの、急激な時代の変化のなかで世間・国の一時保護所への関心が低かったことが、子どもたちの環境や職員の労働環境が大きくは変化してこなかった背景にあるのかなと推測しています。
2−3 その他の要因
とはいえ一時保護所の課題はかなり複雑で、いろんな要因があると思っています。
行政としても改善した方がいいとはわかりつつ、変えるのが難しい行政機関ならではの理由がありますし(無謬性と)、労働組合の加入率の減少から交渉力の低下もあったかと多みます。また、これは他の労働者にもいえるかもしれませんが、職員が労働法などについて教えられてこなかったため、現状の労働環境が普通だと考えているなどといったことも、労働環境が変わってこなかった理由かもしれません。
またそもそも働く人からみると福祉という業界に進むことがかなり少数派で、かつ児童福祉という領域に進むのも少数(福祉を学んだ学生さんでも割合は低い方だと言われています)、そして児童相談所や児童養護施設などの社会的養護の領域は児童福祉の中でも知られておらず(保育士などのイメージのほうが圧倒的では?)で、かつ児童相談所のなかでも一時保護所はマイナーな存在ということも、関心の薄さの背景にあるのかなと思います。
一時保護所や児童相談所の問題というのは、必ずしもどこかわかりやすい要因があるわけではなく、むしろ何が問題なのか、どこに問題があるのかというのがわかりにくいことが、むしろ課題なのかもしれません。
3 どうか引き続き関心を持ち続けてほしい
そうした一時保護所でしたが、2022年の児童福祉法の改正で、「一時保護施設の設備及び運営に関する基準」が設けられ、2024年に施行となった大きなうごきがありました。
これらは、2023年にできたこども家庭庁の存在は大きかったように思います。一時保護所を経験した人も含めた社会的養護を経験した人たちが、国の委員になったり、ヒアリングをうけたりしたことが、非常に大きかったと思います。
国の動きがあるずっと以前にも、何度も何度も、一時保護所を経験した当事者の声がメディアなどで取り上げられていました。その声がようやく国に届いたとも言えます。国の一時保護所の研究調査もますます進んでいくのではないでしょうか。
とはいえ、まだまだ一時保護所の議論も始まったばかりであり、さきほどの基準も決して十分とはいえないという指摘もあります。また基準ができても、実際どこまで現実的に具現化できるか、本当に守ることができるのかといった実効性についても疑問が出ています。今回の私の裁判についても、法律はあるのに守られなかった現実があるので、いかに運営基準を守れるようにしていくかということも重要だと思います。
一時保護所の議論は、これからますます世間の関心が広がっていくとともに、深まっていくとよいなと思っています。多くの人たちが関心を持つことが、一時保護所をよりよくする何よりの手段だと思っています。