私の雑記
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【うつ病と調子の波と他人の目】

けあけあ
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うつ病は本当にやっかい。

調子がいい時は勉強会にも行けるし、飲み会にも行けるし、頭もはっきりしている。

でもひどいのは調子が悪い時。

全く布団から起き上がれないし、トイレすら風呂すら行く気が起きない。行かないととは思うけれど、身体に神経を伝って信号が送られてないかのように、身体が全く動かないのだ。

もっとひどいことになると、死ぬことを考える。死んでしまう方がいいことだってあるんじゃないかと思う。これは希死念慮という。

私はある程度この身体のリズムと希死念慮を自覚して、動けるときはできることをして、無理な時は諦めて一日中寝ている。

私は特に症状は顔に出ないらしく「元気そうだね」と言われたりもするが、実は超調子の悪い時だったりする。

逆に調子が良く、活発に動いていると「躁鬱なんじゃない」と言われたりする。メッセージとしては、躁鬱なんだから無理して動くなということだろう。

でも私は、医者でも当事者でもない人に「躁鬱」と言われるのがとても苦しい。すごく傷がつく。

(あ、冗談で言われる分には全然大丈夫だが)

自分がうつ状態もしくは躁状態なことなんかは、正直とっくに自分で自覚しようとしている。

なんとかコントロールしようともがいているのだ。

もしくはうつの状態でできないことを、躁で取り返すかのように動いているのだ。

そうした苦悩しているところに、「君は躁鬱だから」と安易な判断をしてコントロールする人は信用ならない。

そんなことはわかっているのだ。

わかっているけど止まれないのだ。

あなたにはこれを止められるのか。

止めようとする勇気はあるのか。

外から「躁鬱」という言葉を使って差別したいだけなのか。

無責任で突っ込まないでほしい。

もしくはその発言に責任をもってほしい。

最近そんなことがあったので書きたくなった。

愚痴みたいになったのですみません。

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飯島章太
飯島章太
フリーライター
元児童相談所職員での経験を活かして、子ども・若者のケアに関わる人たちに取材を続けています。著書に『図解ポケット ヤングケアラーがよくわかる本』 。
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