私の雑記
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【ポジティブな面が切り抜かれる寂しさ】

けあけあ
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1.問題意識

 精神看護の領域では、ポジティブ心理学が流行っているらしい。それは、精神疾患などの逆境体験を経た人々が、「まぁこんな病気にかかったけれど、まぁそれもまた自分の人生かな」と意味づける現象などを指す言葉達が色々あるということらしい。例えば、レジリエンス、ベネフィットファインディング、心的外傷後成長、リカバリーなど等。確かに、そういった面があるのも事実だろう。しかし私にはちょっと違和感を感じることがある。正直いえば、「むかつく」のである。

2.2つの違和感

 それにはおそらく2種類の違和感がある。1つは、そうした逆境体験は決して全面的な肯定ではないということである。確かに、「うつ病を経験して良かったこともある」ことも確かだ。研究で言及されているのは、家族や周りの暖かさや身近な幸せを感じることなど挙げられている。そんなこともあり、「まぁこれも一つ自分の人生なのかな」と受け止められることもある。しかし、ここで言いたいのは、決して「うつ病になって良かった」と言い切れない複雑な気持ちがその言葉の裏にあるということだ。私自身、「うつ病になって良かった」とたまに人にいうことがあるが、それは一方で自分を納得させるための言葉でもある。決して他の人に「うつ病になってみな」などおすすめはできない。「うつ病になってよかった!みんなもうつ病になってみなよ!」と完全にポジティブな状態が10だとして、「うつ病にならなきゃよかった。自分なんて消えてしまえばいい」という状態が1であるならば、そうした「これもまた自分の人生なのだ」と受け止めている状態は、2~4くらいの状態なのである。なので、そこをことさら強調して、ポジティブな面を強調しよう、とされるのは、凄く違和感を持つのである。

 そして、もう一つの違和感は、それを当事者ではない誰かによって、ポジティブな面だけ強調されて語られることへの違和感がある。そうした複雑な気持ちの中で、ようやく自分を納得させられる言葉として、またちょっとは前向きにしていこうという気持ちになんとかしてなったところから、他人に第3者に「この人たちにはこういうポジティブな面がある」と主張されるのは、「むかつく」のである。なぜなら、そのポジティブな面を1経験するのに、100ネガティヴな思いをする苦労をしているのにもかかわらず、その苦労を全く経験していない第3者によって、しかもポジティブな面だけ切り取られて主張されることに腹が立つのである。

3.ポジティブな面はネガティヴな面と表裏一体をなす

 逆境体験を経た人の成長にせよ、精神障害を持つ人のリカバリーにせよ、そこでのポジティブな面は、当事者による、第3者によって想像もつかないほどの苦労を経て、ようやく一掴みすることができた、宝物なのである。その宝物は、それ自体の価値だけではなく、幾多の困難を経てようやくつかみ取った過程があるだけ、その人には価値をもたらす。

 その宝物を、当事者の苦労から切り離されて、主張されることはとても悲しく、寂しい。まるで、盗まれたような感覚でさえ持つことがある。

 もしその宝物のような「ポジティブな面」を扱うのであれば、やはりその人個人個人のネガティヴな面も、つらいかもしれないけれど見つめなければいけないだろう。第3者だからといって、つらいことは見たくないのであれば、決してその宝物には触れてはいけないだろう。

運営者について
飯島章太
飯島章太
フリーライター
元児童相談所職員での経験を活かして、子ども・若者のケアに関わる人たちに取材を続けています。著書に『図解ポケット ヤングケアラーがよくわかる本』 。
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